飽きるほど、側に

「新春特番」とは名ばかりで、始まったワイドショーは
普段のソレと何が違うのかが分からなかった。
自身の膝の上に頬杖を付いて忙しなくチャンネルをいじっていたとらが、
代わり映えのしない番組内容に諦めたように大きな溜息を吐いた。
小さく首を左右に振りつつ、テーブルの上にチャンネルを置くと、
とらはその巨体をごろりとソファの上に投げ出す。
『ったく。いつもと変わらんじゃねーか』
明らかにがっかりした声音に、振り返った真由子がくすくすと小さく笑う。
「せっかく楽しみにしてたのに…残念だったね、とらちゃん」
真由子の部屋にテレビはない。
だから今日は「見たいてれぴんがある!」というとらと一緒にリビングで過ごすことにしたのだ。
とらはソファに腰掛けて、真由子はとらの座るソファに背中を預け、
床に足を伸ばして座っていた。
普段は寂しいと思う両親の不在も――こういう時は逆に有難いと思えるのだから
人間の感情なんて現金なものだ、と真由子は思う。
ひとしきりCMの賑やかな曲が流れた後、画面いっぱいに広がる派手な色のテロップ。
これから芸能人の結婚と離婚を特集して取り上げるらしい。
『相変わらず下らん話題ばかりだな。"ホレタハレタ"ばっかりでよぉ』
とらの不機嫌そうな声をものともせず、真由子はノンビリと頷く。
「言われてみれば、そうかも」
『目出度い話ならそれも悪かねぇが、別れた話ばかりじゃねーか』
「んー、でもほら"他人の不幸は蜜の味"なんて言葉もあるから……」
真由子の言葉にとらは鼻の頭に深い皺を刻み、心底嫌そうな顔をする。
『けっ。人間てのは仕方ねぇなぁ』
「ふふ、そうだねぇ……」
そう言って笑いながら、真由子がテーブルの上に出されたお茶請けの煎餅を差し出すと、
とらは黙って器ごと受け取った。
香ばしい醤油の匂いに鼻をひくつかせながら、
手にした堅焼きの煎餅をバリバリと大きな音を立てて噛み砕く。
『やっぱり、ずっと一緒にいると飽きちゃうのかなぁ」
『あ?』
視線をぼんやりとテレビに向けたまま、真由子がぽつりと呟く。
「飽きちゃうから……嫌いになって、別れるのかな」
離婚成立までに泥仕合を繰り広げた芸能人夫婦の映像を、とらが鼻先で笑う。
『違ぇなぁ。愚か者ばかりなんだろ、きっと』
「とらちゃんには、そんな風に見える?」
もごもごと煎餅を頬張るとらの顔を見上げながら、真由子が首を傾げた。
『……飽きるくらい、側にいてみてぇなぁ』
「え?」
思い掛けない言葉に真由子が目を見開く。
『だってよぉ、人間なんざすぐに死んじまうじゃねーか。……飽きる間もねーや』
そう言った低い声が酷く寂しげで、真由子は思わず言葉を失くす。
目の前にいるこの美しい金色の妖は――決して死ぬことはない。
不死の存在は、限りある命を見送るだけで決して追うことは出来ない。
重なり合ったように見える時間軸は、ほんのひと時触れ合うだけで、
その行く末までもを共にすることは決してないのだ。
永遠とも言える時間の途方もない長さ。その壮絶なまでの孤独を思い胸が苦しくなる。
真由子は黙って身体を反転させとらの方に向き直ると、膝立ちのまま首筋にぎゅっと抱きついた。
『マ、ユコ……?』
僅かに戸惑いを含んだ声が小さく名を呼んだ。細い腕は想像した以上の力でとらを抱きしめる。
その強さにほんの少しだけ息苦しさを覚えるが、その腕を振り解く気には到底なれず、
とらは真由子を首にぶら下げたまま大人しくしていた。
「飽きるくらいかどうかは分からないけれど……私はとらちゃんとずっとずっと一緒だから。
だから、そんなに哀しい顔しないで」
流れるような金糸に埋もれた耳元に唇を寄せて、真由子が震える声で囁いた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、とらは耳の奥に落ちてきた言葉の持つ意味を理解しようと試みる。
変わっていく多くのものに囲まれ、ただ己だけがいつまでも変わらない。
時の流れと無縁の存在は川底に沈んだ石のようなもので、
同じ場所で通り過ぎていくものをただ眺めるだけだ。
妖なんてのはそういうものだと思っていたし、
それを殊更に寂しいとか哀しいと感じたことはなかった。
なかったはずなのに――。
言葉と、その言葉の持つ意味が結び付いた時、とらはふ、と口元を緩めて
首筋を抱きしめている娘の身体を胸元にそっと抱き寄せた。
こいつに言われると「そういうこともあるかもしれねぇな」と思えてしまうのだから、
我ながら始末に負えない。
『ばーか。おめぇが嫌がっても……わしは手離すつもりなんざ更々ねーんだぜ』
顔を覗き込んでとらがそう言うと、真由子の張り詰めたような表情が少しだけ緩む。
「本当?」
『んーな泣きそうな顔してんな。すぐに飽きちまうぞ』
そう言って鼻先をつつく指先に、真由子がくすぐったそうな顔をする。
『そんな風に、おめぇはわしの側にいてノー天気に笑ってりゃいいんだ』
くしゃくしゃと頭を撫でる大きな手に、腕の中の娘が嬉しそうに幸せそうに笑う。
「うん……!」
花が綻ぶような笑顔を抱きしめながら、とらもどこか晴れ晴れとした表情で笑った。



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