赤いワンピースと金魚
いつになくひらひらとした赤い服を身に纏った真由子を、
窓の外にふわふわと浮かんだままのとらが不思議そうに見つめる。
『そんなにめかし込んで何処行って来たんだ?』
その声に真由子は弾かれたように振り返ると、ぱっと表情を明るくして窓辺に駆け寄った。
「とらちゃん!!」
からからと乾いた音が響き、大きく開け放たれた窓。
金色の体躯は招かれるまま、音もなく部屋へと滑り込んだ。
「ふふ。あのね、今日は親戚のお姉ちゃんの結婚式だったの」
『けっこんしき?』
そう呟いたとらの脳裏を掠めたのは……かつて目にした
眩しいほど美味そうに見えた目の前の女の白いドレス姿。
「ね、ね、似合う?」
真由子はそう言って赤いワンピースの裾を指で摘んでちょっと持ち上げると、
華やいだ笑みを浮かべながらとらの目の前でくるりと回ってみせた。
ふわり、と風を孕んでスカートの裾が緩く広がる。
『悪かねぇな』
「えへへ……可愛い?」
『ああ。あの中で泳いでるサカナに似てて、いいんじゃねーか』
とらの言葉に、真由子は机の上に置かれた小さな金魚鉢に目を向けた。
視線の先では数日前、麻子や礼子と一緒に行った縁日で掬った赤い金魚が、
尾びれをひらひらとさせながら水の中を涼しげに泳いでいる。
「えー、この服、金魚に似てる? 可愛いと思うんだけどなぁ……」
真由子は困ったような顔で笑って、着ている赤いワンピースをしげしけと眺めた。
『だってよぉ……その装束、あのサカナみてぇにあちこちひらひらしてるじゃねーか』
とらとしては精一杯褒めたつもりなのだが――どうも何かが違っているらしい。
真由子の黒目がちな瞳が潤んだように見えて、泣かれちゃ困るとばかりに
とらは慌てて言葉を紡いだ。
『それに、その装束も悪かねぇが……あの時着てやがった白い装束の方が美味そうだったぞ』
ぼそりと零れた言葉に、
足の先から頭のてっぺんまで、真由子はとらの目の前で見る間に赤くなっていく。
『あの装束は、もう着ねぇのか?』
言ってしまってからその意味に気付き、しまった! と思うものの──時既に、遅し。
もじもじと恥ずかしげに俯いていた真由子が、とらの問いにそっと顔を上げる。
「とらちゃん……また私に、ウェディングドレス着せてくれる?」
赤い顔のまま、真由子は真っ直ぐにとらを見上げると小声で尋ねた。
覗き込めばきらきらとした瞳に映る、己の妙に神妙な顔。
期待に満ちた眼差しに、先に根負けしたのはとらの方だった。
仕方ねぇな、と頭を掻いて、溜息と共にとらはゆっくりと言葉を紡ぐ。
『……ああ。わしゃおめぇと、誓っちまったかんな』
真由子の顔いっぱいにふんわりとした幸せそうな笑みが零れた。
「今すぐじゃなくてもいいから……いつか絶対、私をとらちゃんのおよめさんにしてね」
『へっ。相変わらずバカな女だな、おめぇは』
呆れたようにそう言って、とらは伸ばした腕に華奢な身体を攫う。
抱き寄せられた広い胸に、真由子はそっと頬を寄せた。
「バカでもいいもん。永遠の誓いは、一生に一度だけ。本当に好きな人との約束だもの」
歌うようにそう言って、ゆっくりと閉じられる瞳。
とらは綻んだ桃色の唇に小さな口付けを贈ると、腕の中の温もりをぎゅっと抱きしめた。
窓の外にふわふわと浮かんだままのとらが不思議そうに見つめる。
『そんなにめかし込んで何処行って来たんだ?』
その声に真由子は弾かれたように振り返ると、ぱっと表情を明るくして窓辺に駆け寄った。
「とらちゃん!!」
からからと乾いた音が響き、大きく開け放たれた窓。
金色の体躯は招かれるまま、音もなく部屋へと滑り込んだ。
「ふふ。あのね、今日は親戚のお姉ちゃんの結婚式だったの」
『けっこんしき?』
そう呟いたとらの脳裏を掠めたのは……かつて目にした
眩しいほど美味そうに見えた目の前の女の白いドレス姿。
「ね、ね、似合う?」
真由子はそう言って赤いワンピースの裾を指で摘んでちょっと持ち上げると、
華やいだ笑みを浮かべながらとらの目の前でくるりと回ってみせた。
ふわり、と風を孕んでスカートの裾が緩く広がる。
『悪かねぇな』
「えへへ……可愛い?」
『ああ。あの中で泳いでるサカナに似てて、いいんじゃねーか』
とらの言葉に、真由子は机の上に置かれた小さな金魚鉢に目を向けた。
視線の先では数日前、麻子や礼子と一緒に行った縁日で掬った赤い金魚が、
尾びれをひらひらとさせながら水の中を涼しげに泳いでいる。
「えー、この服、金魚に似てる? 可愛いと思うんだけどなぁ……」
真由子は困ったような顔で笑って、着ている赤いワンピースをしげしけと眺めた。
『だってよぉ……その装束、あのサカナみてぇにあちこちひらひらしてるじゃねーか』
とらとしては精一杯褒めたつもりなのだが――どうも何かが違っているらしい。
真由子の黒目がちな瞳が潤んだように見えて、泣かれちゃ困るとばかりに
とらは慌てて言葉を紡いだ。
『それに、その装束も悪かねぇが……あの時着てやがった白い装束の方が美味そうだったぞ』
ぼそりと零れた言葉に、
足の先から頭のてっぺんまで、真由子はとらの目の前で見る間に赤くなっていく。
『あの装束は、もう着ねぇのか?』
言ってしまってからその意味に気付き、しまった! と思うものの──時既に、遅し。
もじもじと恥ずかしげに俯いていた真由子が、とらの問いにそっと顔を上げる。
「とらちゃん……また私に、ウェディングドレス着せてくれる?」
赤い顔のまま、真由子は真っ直ぐにとらを見上げると小声で尋ねた。
覗き込めばきらきらとした瞳に映る、己の妙に神妙な顔。
期待に満ちた眼差しに、先に根負けしたのはとらの方だった。
仕方ねぇな、と頭を掻いて、溜息と共にとらはゆっくりと言葉を紡ぐ。
『……ああ。わしゃおめぇと、誓っちまったかんな』
真由子の顔いっぱいにふんわりとした幸せそうな笑みが零れた。
「今すぐじゃなくてもいいから……いつか絶対、私をとらちゃんのおよめさんにしてね」
『へっ。相変わらずバカな女だな、おめぇは』
呆れたようにそう言って、とらは伸ばした腕に華奢な身体を攫う。
抱き寄せられた広い胸に、真由子はそっと頬を寄せた。
「バカでもいいもん。永遠の誓いは、一生に一度だけ。本当に好きな人との約束だもの」
歌うようにそう言って、ゆっくりと閉じられる瞳。
とらは綻んだ桃色の唇に小さな口付けを贈ると、腕の中の温もりをぎゅっと抱きしめた。