軒端に揺れる

色とりどりの笹飾りと願い事を書いた短冊。
夜風に揺られ、飾り立てられたが笹竹がざわざわと音を立てた。
「わ、ぁ……。すごいねぇ」
屋根まで届きそうなほど大きな笹竹に真由子は目を大きく見開いた。
「ほーんと。こんなに大きなの、手に入れるの大変だったんじゃないの?」
同じように笹竹を見上げていた麻子が、境内で花火の準備をしているうしおに声を掛けた。
「年に一度だからって、檀家さんが持って来てくれたのを照道さんが飾ってくれたんだ」
「飾りはどうしたの?」
「飾りも檀家さんがくれたんだよ。飾りつけはおれがやったんだ」
「へぇ……。あんたにしちゃ上出来じゃない」
「何だよそれ。どういう意味だよ」
「言ったとおりの意味よ」
顔を合わせればすぐに些細なことで言い合いが始まるが、
何だかんだ言いつつどことなく嬉しそうなふたりの様子に、
真由子はくすくすと小さく笑いながら縁側に腰を下ろした。
『やれやれ。ちったぁ静かにしやがれ、ってんだ』
不意に頭上から不機嫌そうな低い声が降って来る。
声のする方へ顔を上げると、ふわりと風を纏った金色の大妖が真由子の前に姿を現した。
「あ、とらちゃーん!」
『よぉ』
勢いよく立ち上がりぶんぶんと大きく手を振る真由子にとらは淡く笑う。
「どこにいたの?」
真由子の問いにとらは黙って屋根の上を指差した。
『うるさくておちおち夕涼みも出来やしねぇ。どいつもこいつも浮かれてやがんなぁ……』
欠伸をしながら首をぐるりと回すと、とらはどかり、と縁側に腰掛けた。
「うるさくしてゴメンネ。でも、すっごいよねぇ。こんな大きなの初めて見たよー」
瞳をきらきらさせて笹竹を見上げる真由子を、とらは興味深げに見つめる。
「ね、ね。とらちゃんは何かお願い事したの?」
薄い水色の短冊に触れながら、真由子がとらに尋ねた。
『へっ。うしおは何か書け、って言ってやがったが……妖にゃ必要ねぇな』
「えー。そうかなぁ?」
いちばんの願いは──とらが本気でそれを望めば、今すぐにでも叶いそうな気がする。
すんなりと伸びた手足。清潔そうな匂い。どこもかしこも柔らかそうで甘そうで美味そうな娘。
とらがひと言「喰わせろ」と言えば「いいよ」と、何でもないことのように笑って頷くのだろう。
――こいつはそういう女だ。
今すぐにでも喰ってしまいたいが……それと同じくらい喰うのが惜しい気がする。
不思議そうな顔で自身を見つめる真由子にちらりと視線をやると、とらはぼそりと口を開いた。
『そういうおめぇは、何か……短冊とやらに願い事を書いたのか?』
「うん」
『何を願った?』
「えっとねぇ…夏休みの宿題が少なくて済みますように、とか
ハンバーガーの美味しい新メニューが出ますように、とか……」
指を折りながら願い事を口にする真由子にとらが渋い顔をする。
『……本当に叶えたいのは、そんなコトじゃねぇだろ』
「え?」
きょとんと目を見開く真由子の表情。とらの眉間に深いしわが刻まれた。
『まーた遠慮してんのか?』
「そうじゃ、ないよ?」
境内で花火に興じるふたりの姿を眺めながら、真由子がひっそりと笑った。
「本当に叶えたいことはね……そんな風に叶えて貰うことじゃないような気がするの」
『ふぅん。そういうモンなのか?』
「ふふ。そういうものなの。それに……本当に叶えたかった願いはね、もう叶ってるよ?」
真由子は恥ずかしげに笑うと、縁側に座る大妖の隣にぴったりと身体を寄せて座る。
『……どういうことだ?』 
「いちばんの願いはね……こんな風に好きな人の隣にいること、だよ?」
『……ったく。相変わらず欲のねぇこったなぁ』
そう言ってそっぽを向いたとらの腕が小さな背中に回り、薄い肩をそっと抱いた。
驚いたようにとらを見上げた真由子の頬がみるみる朱色に染まる。
「とらちゃん……」
真由子の顔いっぱいに零れた笑顔は――とらの目には頭上に広がる天の川よりも眩しく見えた。


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