日常的小話1
風呂から上がって居間を覗いたら、
縁側に座って外を眺めているとらの背中が目に入った。
……何してんだ、あいつ。
バスタオルで頭を拭きながら側へ行ってみると、とらは一升瓶片手に月見をしていた。
「あ……。とらぁ、おまえまた勝手にお供え物の日本酒持ち出してるな」
『うるっせぇなぁ。おめえも紫暮も酒なんぞ呑まねぇんだからいいじゃねーかよ』
オレの声に首だけで振り返ったとらが不機嫌そうな声でそう言った。
その言葉にムッとして、槍でぶっ叩いてやろうと一歩踏み出した裸足がくしゃりと何かを踏む。
足を除けてみればそこには白い文字で「おんせんまんじゅう」と書かれた透明な包みが落ちていた。
「あぁっ! 何だよ、酒だけじゃなくて饅頭も食ったのかよ!」
『饅頭は酒のつまみにゃ、あんまり向いてねぇなぁ……』
そう嘯くとらの声に慌てて背後を振り返ってみれば戸棚が空いていて、
饅頭の箱が入っていたはずの場所には……何もない。
よりによって、とらが食べたのは親父の饅頭だ。
「これ、親父に食うなって言われてたヤツじゃねーか!」
『ふん。わしの知ったこっちゃねー』
親父はいい年した大人のくせに、甘いものが大好きなのだ。
特にこの饅頭は、親父が総本山に呼ばれて出掛ける前に
「食うなよ! 食ったら殺す!」とオレに念押ししていったものだ。
これは……ヤバい。
脳天に炸裂する親父の鉄拳。その衝撃が瞬時に蘇り背中を冷たい汗が伝う。
冗談じゃ、ねぇぞ!
「酒はともかく、饅頭は親父ものすっっごく怒るんだぞ」
『知らねぇなぁ。……おめえが喰ったことにしとけば、わしゃ怒られねぇしよ』
「はぁ? 嘘つくのかよ! やだね。
おまえが全部食べてオレは一個も食べてないのに、何でオレが……」
『嘘じゃなけりゃ、おめえ……怒られてもいいのか?』
「嘘つくくらいなら怒られた方がマシなんだよ。オレの嘘嫌いは、とらだって知ってんだろ」
『ふぅん……そうかよ』
にぃと笑ったとらがオレに向かってひょいひょいと何かを投げて寄越す。
慌てて手を伸ばすと茶色くてつやつやした饅頭が二つ、手の中に落ちてきた。
「……どういうことだよ、とら」
『聞いてなかったのか? 饅頭は酒のつまみにゃ向いてねぇんだよ』
「……これ、どうすんだよ?」
『わしゃもう要らねぇからよ、おめえが喰うなり、紫暮に残しておいてやるなり……好きにしな』
そう言った後、とらはくくっと喉の奥で笑う。
『ま、どっちを選んでも、おめえ多分怒られるぜ?』
また少ない小遣いが減るかもなぁ、と面白そうに言う声に溜息をついて、
オレは手の中の饅頭をまじまじと見つめた。
「………これ、本物だよな?」
変わったところはないように見えるけれど、
とらが食べ物を残しておいて、それをオレに寄越すなんて……あり得ない。
『は?』
「おまえ、髪の毛とか変化させて何か色々作れるだろ……? そういうのじゃ、ないよな?」
疑わしそうなオレの視線に気付いたのか、とらが鼻で笑う。
『喰ってみりゃ分かんだろ?』
罠か? 罠なのか?
「怪しいなぁ。まさかヘンな薬とか入ってないだろうな……」
『何だそりゃ。紫暮はそこまでやんのか?
別に餡子しか入ってなかったぜ。甘ぇもんは少しでいいな』
とらのしれっとした言い草と、とぼけた表情が妙に可笑しくて
オレは何だか笑いが止まらなくなってしまった。
『……んーだよ、何が可笑しいんだよ?』
「よく言うよなぁ。24個入りの饅頭、2個しか残ってねーじゃんかよ」
オレの言葉にとらは鼻の頭にしわを寄せると、一升瓶を豪快に煽ってそっぽを向いたまま言った。
『……わしも一緒に怒られてやっからよ、その饅頭、遠慮しねぇで喰っちまえ』
今度こそ本当に驚いた。
「とら、おまえ……酔ってるのか?」
『あぁ?』
「だって……何か、おまえらしくねぇからよ……」
優しいとらなんて、何だか落ち着かない。
『今日の酒は美味かったからな。酒の呑めねぇおまえにゃ饅頭のお裾分けで十分だろ』
「へへへ……。そっか」
何だか嬉しくてにやにやと顔が緩んでしまう。
『いつまでも妙な顔でいるんじゃねぇや』
オレの顔を気味悪そうに覗き込んだとらに、ぺし、と額を叩かれた。
縁側に座って外を眺めているとらの背中が目に入った。
……何してんだ、あいつ。
バスタオルで頭を拭きながら側へ行ってみると、とらは一升瓶片手に月見をしていた。
「あ……。とらぁ、おまえまた勝手にお供え物の日本酒持ち出してるな」
『うるっせぇなぁ。おめえも紫暮も酒なんぞ呑まねぇんだからいいじゃねーかよ』
オレの声に首だけで振り返ったとらが不機嫌そうな声でそう言った。
その言葉にムッとして、槍でぶっ叩いてやろうと一歩踏み出した裸足がくしゃりと何かを踏む。
足を除けてみればそこには白い文字で「おんせんまんじゅう」と書かれた透明な包みが落ちていた。
「あぁっ! 何だよ、酒だけじゃなくて饅頭も食ったのかよ!」
『饅頭は酒のつまみにゃ、あんまり向いてねぇなぁ……』
そう嘯くとらの声に慌てて背後を振り返ってみれば戸棚が空いていて、
饅頭の箱が入っていたはずの場所には……何もない。
よりによって、とらが食べたのは親父の饅頭だ。
「これ、親父に食うなって言われてたヤツじゃねーか!」
『ふん。わしの知ったこっちゃねー』
親父はいい年した大人のくせに、甘いものが大好きなのだ。
特にこの饅頭は、親父が総本山に呼ばれて出掛ける前に
「食うなよ! 食ったら殺す!」とオレに念押ししていったものだ。
これは……ヤバい。
脳天に炸裂する親父の鉄拳。その衝撃が瞬時に蘇り背中を冷たい汗が伝う。
冗談じゃ、ねぇぞ!
「酒はともかく、饅頭は親父ものすっっごく怒るんだぞ」
『知らねぇなぁ。……おめえが喰ったことにしとけば、わしゃ怒られねぇしよ』
「はぁ? 嘘つくのかよ! やだね。
おまえが全部食べてオレは一個も食べてないのに、何でオレが……」
『嘘じゃなけりゃ、おめえ……怒られてもいいのか?』
「嘘つくくらいなら怒られた方がマシなんだよ。オレの嘘嫌いは、とらだって知ってんだろ」
『ふぅん……そうかよ』
にぃと笑ったとらがオレに向かってひょいひょいと何かを投げて寄越す。
慌てて手を伸ばすと茶色くてつやつやした饅頭が二つ、手の中に落ちてきた。
「……どういうことだよ、とら」
『聞いてなかったのか? 饅頭は酒のつまみにゃ向いてねぇんだよ』
「……これ、どうすんだよ?」
『わしゃもう要らねぇからよ、おめえが喰うなり、紫暮に残しておいてやるなり……好きにしな』
そう言った後、とらはくくっと喉の奥で笑う。
『ま、どっちを選んでも、おめえ多分怒られるぜ?』
また少ない小遣いが減るかもなぁ、と面白そうに言う声に溜息をついて、
オレは手の中の饅頭をまじまじと見つめた。
「………これ、本物だよな?」
変わったところはないように見えるけれど、
とらが食べ物を残しておいて、それをオレに寄越すなんて……あり得ない。
『は?』
「おまえ、髪の毛とか変化させて何か色々作れるだろ……? そういうのじゃ、ないよな?」
疑わしそうなオレの視線に気付いたのか、とらが鼻で笑う。
『喰ってみりゃ分かんだろ?』
罠か? 罠なのか?
「怪しいなぁ。まさかヘンな薬とか入ってないだろうな……」
『何だそりゃ。紫暮はそこまでやんのか?
別に餡子しか入ってなかったぜ。甘ぇもんは少しでいいな』
とらのしれっとした言い草と、とぼけた表情が妙に可笑しくて
オレは何だか笑いが止まらなくなってしまった。
『……んーだよ、何が可笑しいんだよ?』
「よく言うよなぁ。24個入りの饅頭、2個しか残ってねーじゃんかよ」
オレの言葉にとらは鼻の頭にしわを寄せると、一升瓶を豪快に煽ってそっぽを向いたまま言った。
『……わしも一緒に怒られてやっからよ、その饅頭、遠慮しねぇで喰っちまえ』
今度こそ本当に驚いた。
「とら、おまえ……酔ってるのか?」
『あぁ?』
「だって……何か、おまえらしくねぇからよ……」
優しいとらなんて、何だか落ち着かない。
『今日の酒は美味かったからな。酒の呑めねぇおまえにゃ饅頭のお裾分けで十分だろ』
「へへへ……。そっか」
何だか嬉しくてにやにやと顔が緩んでしまう。
『いつまでも妙な顔でいるんじゃねぇや』
オレの顔を気味悪そうに覗き込んだとらに、ぺし、と額を叩かれた。