寝たふりをして


(side tora)

わしの腕を枕にして眠るちっぽけな人間の娘。名をマユコという。
わしは妖で、人間を喰らうのに。こいつのことも、絶対喰らうと毎度言っているのに。
……警戒心の欠片もなく、平和そうな顔で寝てやがる。
寝てる間に喰われる心配はしないのかねぇ。
でもまぁ、マユコはわしの「でざぁと」だから、うしおを喰らうまでは、喰らわないでいてやるか。
マユコに付き合って「うの」とかいう「げえむ」なんぞやっていたんだが、
こいつは段々コックリコックリしはじめて、
わしの目の前で床の上にころりと横になると……そのまま眠っちまった。
こいつは弱っちくてすぐにビョーキになるから、
わしは「べっど」とかいう寝具の上に乗せてやって、布団を掛けてやった。
そのまま帰るはずだったのに、いつの間に掴んだのか、
マユコの手がわしの髪をがっちり握って離さねぇ。
それで……何となく帰りづらくなっちまった。
眠るマユコにちらりと視線をやって、わしは横になったまま窓の外を眺める。
今宵の空にゃ月の姿もねぇし、この部屋には明かりなんぞ灯っちゃいねぇのに、
マユコの部屋の中は外からぼんやりと照らされて薄明るい。
500年前、わしが暴れていた頃の闇は、もっと濃くて深かった。
今は夜になっても一晩中街も人も眠らねぇ。
妖にとっちゃ住み辛い世の中になっちまったな……。
ころん、とマユコが寝返りを打つ。
わっ! バカヤロウ! それじゃべっどから落ちちまうだろが!
慌てて腕を伸ばして、マユコを抱きとめる。
わしの喰いもんが怪我とかアザとかでばっちくなるのはガマンならねぇ。
マユコを胸元にしっかりと抱えて、落ちないようにする。
マユコの腕がわしを抱くように伸ばされて、きゅっとしがみついてきた。
落ちそうになったのに気付いたか? これでひとまず安心だな。
見ればうっすらと笑みを浮かべた顔を、わしの胸に埋めてきた。
むにゃむにゃと口を動かして、マユコは小声で何事か囁く。
「とらちゃん…好き……。大好き……」
寝言、なのか……? 思わず腕の中を覗き込む。
小さな頭のてっぺんしか見えねぇが、腕の中の小さな人間は、ひどく温かかった。
何だか妙に可笑しくて、わしは思わずくすり、と笑みを漏らす。
『ばぁか。そんなこと、知ってらぁ』
笑みと一緒に零れた小さな言葉。
わしは腕の中のマユコを、今度はしっかりと抱きしめた。

*****

(side mayuko)

夜中にふと目が覚めた。
頭の下にあるのは……いつも使ってる枕じゃないみたい。
弾力があって、手触りが良くて、あったかい「何か」。
そおっと薄目を開けてみると、視界いっぱいに金色の光の洪水。
それでようやく気付いた。頭の下にあったのは、とらちゃんの腕だ。
帰らないでいてくれて、腕枕……してくれてたんだ。
とらちゃんと一緒にUNOで遊んでいたんだけど……私あのまま、寝ちゃったんだ……。
あれ? 私、いつベッドに入ったんだろう。
視線だけをゆっくりと上向けると、穏やかなとらちゃんの顔が見える。
ぼぉっと窓の外を眺めるとらちゃんの横顔がほんの少しだけ、寂しく見えた。
腕……痺れてないかな? 重くないかな?
でも、触れた部分から伝わる温かさが嬉しくて、思わず笑みが零れそうになる。
いつも言ってるけど、でもまだまだ言いたくて、伝えたくて、確かめたくて。
眠ったふりをしたまま、私はわざとベッドの端へ向かって寝返りを打つ。
ベッドから転がり落ちそうになった私を、抱きとめてくれたとらちゃんの逞しい腕。
思ったとおり、とらちゃんは私を胸の中にすっぽりと抱えてくれた。
私は目を閉じたまま、金色の温かくて大きな身体にきゅっと抱きつく。
身体の中に直接響く、とらちゃんの心臓の音。
とらちゃんがいれば、私はもう、なぁんにもいらない。
胸に顔を押し当てて、寝言に聞こえるような声で言ってみる。
「とらちゃん…好き……。大好き……」
小さな身じろぎの後、頭の上のほうにとらちゃんの視線を感じた。
『ばぁか。そんなこと、知ってらぁ』
小さな囁きと一緒に、くすり、と微かに笑う声。
私を抱くとらちゃんの腕にきゅっと力が入った。



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