陽だまりの中で

日曜日の蒼月家縁側。
真由子ととらが並んでお茶を飲んでいる。
「とらちゃん、いいお天気だねぇ」
『ああ、こんな日は思いっきり空を駆け巡りてぇな』
眩しい午後の日差しが降り注ぐ中、ノンビリとそんな話をする金色の妖と少女。
真由子は「ノートを回収しに行く」という麻子に付き合ってうしおの家にやって来たのだが、
貸したノートが見つからないのか、ふたりが二階から降りてくる気配はない。
真由子が口元を覆って小さく欠伸をした。
つられたのか、隣のとらも伸びをしながら大欠伸をする。
「麻子……まだかしら?」
天井を見上げながら呟いた真由子の言葉に、
とらは二階から響くドタバタの音に耳を澄ました後で小さく肩を竦める。
『どうやら……まだまだ時間が掛かりそうだぜ』
「うふふ……でも、たまにはこういうのもいいよね?」
『あぁ? 何がでぇ?』
「えぇ? だってほら、何となく二人っきりでしょ?」
そう言って真由子は隣に座るとらに片目をつぶってみせる。
『あのなぁ、わしゃ妖なんだよ。二人とか言うんじゃねぇ』
不機嫌そうなとらの言葉も、真由子の笑顔の前でふうわりと風に溶けていく。
「いいの。うしおくんと麻子、私ととらちゃん、でしょ?」
(やれやれ、相変わらずわしの話なんぞ聞いちゃいねぇな……)
嬉しそうに笑っている真由子を横目でちらりと眺めて、とらは視線を空に向ける。
雲ひとつない抜けるような青空。
このままずっと眺めていたら全身が青くなりそうだ。
「とらちゃん……」
真由子が間を詰めて、とらに寄り添ってきた。
『妖に懐くんじゃねぇや』
「えへへ……」
照れくさそうに笑って、真由子は小さな頭をとらの足の辺りにそっと乗せる。
とらはちらりと視線を向けただけで、相変わらず空を眺めている。
頬を撫でていく風が心地いい。
陽だまりの中、大好きなとらと過ごす時間。
真由子の胸いっぱいに幸せが満ちていく。


とらの足に乗せられていた真由子の小さな頭が、段々重くなってきた。
どうやらだいぶ体重が掛けられているようだ。
もっとも、真由子が全体重で凭れたところで、とらにとっては何でもないのだが。
『マユコ』
様子が気になって名前を呼んでみるも返事がない。
『おい、マユコ!』
すーすーと規則的な呼吸の音が小さく聞こえる。
(まさか、こいつ……!)
ことり、と真由子の身体が横倒しになって、とらの足の甲が枕になった。
(……寝てやがる……)
自身の足の上で眠る真由子をとらは唖然とした表情で見つめる。
人を喰う妖を枕に眠る人間に、とらは今まで生きてきた中で初めて出会った。
身体をもぞもぞと動かして、真由子は眠ったままくしゅん、と小さくくしゃみをした。
とらの脳裏にたゆら・などかの時の真由子の姿が浮かぶ。
弱っちいこいつはすぐにビョーキになるのだ。
『……ったく……』
口の中で小さく舌打ちをして、とらは真由子の身体をそっと抱き上げると、
膝の上に座らせ、胸元に抱きかかえる。
これで寒くはないはずだ。
(こいつはわしに「はんばっか」をくれるニンゲンだからな。
ビョーキになられちゃわしがメーワクだし、それにビョーキは折角の味を悪くしちまうからな)
そんな言い訳めいたことを頭の隅でちらりと思いながら、
頼りない小さな身体を、とらは壊れないように抱きしめる。
胸に抱えた真由子は柔らかでひどく温かい。
ぽかぽかとした日差しも、金色の髪を揺らす風も優しくて、知らずとらのまぶたも段々と重くなっていく。
真由子の頭の上に、とらの顎がそっと乗せられる。
しばらくすると安らかな寝息がふたつ、重なるように小さく聞こえてきた。


「もう! 今度やったら二度とあんたにノートなんか貸さないからね!」
「分かったよ。悪かった、ホントこのとおり!」
目の前で手を合わせて麻子に謝りまくるうしおの眉はいつにも増して八の字を描いていた。
二階から降りてきて、麻子は真由子の姿を探す。
「真由子ー、ゴメンネ。すっかり待たせちゃって……って、あれ? 真由子?」
「どうした?」
麻子に怒鳴られて、しょんぼりと肩を落としながら階段を下りてきたうしおが
落ち着きなく部屋の中を見回している麻子に尋ねた。
「真由子の姿が見えないんだけど……」
言われてみれば、一階は妙に静まり返っている。
「そう言えば、とらの姿も見えないな……。とらぁ、いるんだろ?」
茶の間に足を踏み入れ、きょろきょろと辺りを見回すうしおの視界に入ったのは、障子に映る大きな影。
「とら、そんなところにいたのかよ。返事くらい……」
縁側に回ったうしおが見たものは、陽だまりの中で眠るとらと真由子。
真由子はとらの胸元にすっぽりと抱えられて、幸せそうな顔で眠っている。
とらはとらで胸に抱えた真由子の頭に自身の顎を乗せて、鼻ちょうちんを膨らませていた。
「ちょっと、うしお。真由子は……」
背後から話しかけてきた麻子に、うしおは振り返ると唇の前に人差し指を立てて静かにするよう伝える。
目だけで頷いた麻子に、うしおは縁側を指差した。
そおっと覗き込んだ麻子の顔が、ぱっと赤くなって笑みが広がる。
足音を忍ばせて台所へ移動すると、ふたりは小声で言葉を交わす。
「あのふたり……何だかいい雰囲気ね……」
「オレ、とらがあんな風に寝てるところ、初めて見た……」
うしおと麻子は顔を見合わせてくすくすと笑みを漏らす。
障子に映る影を見ながら、麻子が小さな声で言った。
「もう少しあの二人、あのまま寝かせておいてあげよっか」
麻子の言葉にうしおも笑顔で頷いた。



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